結論から
先に要点だけまとめます。
- 必要資産の目安は年間支出の25倍(引き出し率4%の逆数)。月20万円の生活なら6,000万円
- 4%ルールは「毎年資産の4%」ではなく「初年度に4%、以後はインフレ調整した同額」を引き出す方法
- 達成年数を決めるのは資産額ではなく貯蓄率。年利5%なら貯蓄率50%で約16.3年
- 日本では運用益課税・為替・退職後の社会保険料があるため、引き出し率3〜3.5%(28〜33倍)で見る人が多い
- もとの研究は30年の取り崩しが前提。40〜50年のFIREにそのまま当てはめられる保証はない
「4%ルール」の出どころ——トリニティ・スタディ
4%ルールの根拠としてよく挙げられるのが、1998年に米国トリニティ大学の3人の研究者(Cooley・Hubbard・Walz)がAAII Journalに発表した研究、通称トリニティ・スタディです。1926年から1995年までの米国の株式・債券の実績リターンを使い、さまざまな引き出し率とポートフォリオの組み合わせで、資産が何年もつかを検証しました。
ここで正確に押さえておきたいのが、検証された引き出し方です。初年度に資産の4%を引き出し、2年目以降はその金額をインフレ率に合わせて増やしていく——というのが研究の設定です。「毎年その時点の残高の4%」という定率方式ではありません。この違いは重要で、定率方式なら資産は理屈上ゼロになりませんが、相場が下がった年には生活費も同じ割合で減ることになります。
結果として、30年の取り崩し期間では、株式50%・債券50%の配分で成功率は約95%、株式75%・債券25%では約98%と報告されました。ここでいう「成功」は、30年後に資産が残っていることを指します。
この4%を逆算すると「年間支出 ÷ 0.04 = 年間支出の25倍」となり、これが「年間支出の25倍」という言い回しの出どころです。
必要資産 = 年間支出 ÷ 引き出し率
引き出し率を変えると必要資産はどう変わるか
4%という数字はあくまでひとつの選択肢です。率を下げれば安全側に寄りますが、そのぶん必要な資産は増えます。率と必要資産は反比例するので、下げ幅に対して必要額の増え方は思ったより急です。
| 年間支出 | 5%(20倍) | 4%(25倍) | 3.5%(約28.6倍) | 3%(約33.3倍) |
|---|---|---|---|---|
| 200万円 | 4,000万円 | 5,000万円 | 5,714万円 | 6,667万円 |
| 250万円 | 5,000万円 | 6,250万円 | 7,143万円 | 8,333万円 |
| 300万円 | 6,000万円 | 7,500万円 | 8,571万円 | 1億円 |
| 400万円 | 8,000万円 | 1億円 | 1億1,429万円 | 1億3,333万円 |
| 500万円 | 1億円 | 1億2,500万円 | 1億4,286万円 | 1億6,667万円 |
※ 必要資産 = 年間支出 ÷ 引き出し率。計算ツールは4%(25倍)で計算しています。
年間支出300万円のケースで見ると、4%なら7,500万円ですが、3%まで下げると1億円が必要になります。率を1ポイント下げるだけで必要額は2,500万円増える計算です。安全率をどこまで積むかは、そのまま何年働くかの話に直結します。
逆に効くのが支出の削減です。年間支出を400万円から300万円に落とせば、4%ルールでの必要資産は1億円から7,500万円へ2,500万円減ります。支出を1万円減らすことは、資産を25万円増やすのと同じ意味を持つ——これがFIREの考え方の核心部分です。
貯蓄率から達成年数を逆算する
FIREまでの年数を決めるのは、収入の絶対額ではなく貯蓄率です。理由は単純で、貯蓄率が決まれば「毎年いくら積み立てるか」と「目標額(残りの支出の25倍)」の両方が同時に決まるからです。年収が2倍でも貯蓄率が同じなら、達成までの年数は変わりません。
| 貯蓄率 | 生活費の割合 | 必要資産(年収比) | 達成までの年数 |
|---|---|---|---|
| 10% | 90% | 22.5倍 | 50年超 |
| 15% | 85% | 21.3倍 | 約41.9年 |
| 20% | 80% | 20.0倍 | 約35.9年 |
| 25% | 75% | 18.8倍 | 約31.3年 |
| 30% | 70% | 17.5倍 | 約27.4年 |
| 35% | 65% | 16.3倍 | 約24.1年 |
| 40% | 60% | 15.0倍 | 約21.2年 |
| 45% | 55% | 13.8倍 | 約18.7年 |
| 50% | 50% | 12.5倍 | 約16.3年 |
| 60% | 40% | 10.0倍 | 約12.2年 |
| 70% | 30% | 7.5倍 | 約8.7年 |
※ 手取り収入をすべて「生活費」か「投資」に振り分け、資産ゼロから年利5%で運用し、4%ルールの目標額に届くまでの年数をFIRE計算ツールと同じ関数で計算しています。50年を超えるケースは「50年超」と表示しています。
「必要資産(年収比)」の列に注目してください。貯蓄率が上がると、積立額が増えるだけでなくゴールそのものが近づいてくることがわかります。貯蓄率10%の人は手取りの22.5年分を貯める必要がありますが、貯蓄率50%の人は12.5年分で済みます。両側から効くので、貯蓄率の効果は直感よりずっと大きくなります。
現実的なところでは、貯蓄率25%で約31.3年、35%で約24.1年、50%で約16.3年。25歳から貯蓄率50%を続ければ40代前半、というのがひとつの目安になります。
利回りの差はどれくらい効くのか
では運用利回りのほうはどうでしょうか。現在資産300万円・毎月10万円積立・月20万円の生活(必要資産6,000万円)という条件で、年利だけを振ってみます。
| 想定年利 | 達成までの年数 | 年利0%との差 |
|---|---|---|
| 0% | 約47.5年 | — |
| 1% | 約38.2年 | −9.3年 |
| 2% | 約32.3年 | −15.2年 |
| 3% | 約28.3年 | −19.2年 |
| 4% | 約25.2年 | −22.3年 |
| 5% | 約22.8年 | −24.7年 |
| 6% | 約20.8年 | −26.7年 |
| 7% | 約19.3年 | −28.2年 |
※ 現資産300万円・毎月10万円積立・月20万円取り崩しの前提。月次で複利計算しています。
運用しない場合の約47.5年に対し、年利5%なら約22.8年。差は24.7年で、かかる期間はほぼ半分になります。効果は確かに大きいのですが、利回りは自分で決められないのに対し、貯蓄率はある程度コントロールできます。まず貯蓄率、次に利回り、という優先順位になるのはこのためです。
また、年利を7%や8%で見積もるのは楽観が過ぎます。表の数字は名目リターンなので、物価上昇を差し引いた実質では数字が落ちます。計画は保守的な利回りで立て、上振れたぶんは前倒しのボーナスとして扱うほうが安全です。
FIREの4つのタイプ
FIREは「完全に働かない」だけの選択肢ではありません。目指す生活水準と働き方の組み合わせで、いくつかの型に分けて語られます。
- Lean FIRE(質素なFIRE):支出を抑えて必要資産を最小化する型。年間支出200万円なら5,000万円が目安
- Fat FIRE(豊かなFIRE):現役時代と同等以上の生活を維持する型。年間支出500万円なら1億2,500万円が必要
- Barista FIRE:資産の取り崩しに加え、パートタイムの収入で不足分を補う型。必要資産を大きく下げられる
- Coast FIRE:若いうちに元本を用意したら追加の積立をやめ、複利の成長だけで目標額に届かせる型。以後は当面の生活費ぶんだけ働けばよい
実務的に現実味があるのはBarista FIREとCoast FIREです。たとえば月8万円の収入があれば、年間支出240万円のうち約96万円が労働で賄えるため、取り崩しが必要なのは144万円分。必要資産は6,000万円から3,600万円まで下がります。「少し働く」ことの資産換算の価値は非常に大きいということです。
日本で実践するときの調整点
4%ルールは米国の市場データと米国の制度を前提にしています。日本で使うときに考慮すべき点を挙げます。
- 運用益への課税(20.315%):NISAの非課税枠を超える部分の利益には課税されます。取り崩す金額は税引き後で必要額を満たす必要があるため、実質的な引き出し率は表面上の率より高くなります
- 退職後の社会保険料:会社員時代は労使折半だった健康保険と年金が、国民健康保険・国民年金として全額自己負担になります。年間支出にこの固定費を必ず含めてください
- 住民税のタイムラグ:退職した翌年にも前年の所得にもとづく住民税がかかります。リタイア初年度の支出は想定より膨らみます
- 為替リスク:米国株中心で運用しながら生活費を円で支払う場合、円高局面では実質的な取り崩し額が増えます
- 公的年金:日本では65歳から公的年金の受給が始まります。早期退職で加入期間が短くなると受給額は減りますが、ゼロにはなりません。年金開始後は取り崩し額を下げられる点も計画に織り込めます
これらを踏まえ、引き出し率を3〜3.5%(年間支出の約28〜33倍)に設定する考え方が広く採られています。前掲の表で言えば、年間支出300万円なら8,571万円〜1億円が目安になります。
4%ルールは「保証」ではない
最後に、この数字の限界を整理しておきます。トリニティ・スタディが検証したのは1926〜1995年の米国市場という特定の期間・特定の市場で、30年の取り崩しという条件でした。
FIREの文脈では、40代でリタイアすれば取り崩し期間は40年から50年に伸びます。期間が長くなれば、同じ引き出し率でも資産が尽きる確率は上がります。30年前提の成功率をそのまま50年に当てはめることはできません。
もうひとつ理解しておきたいのが収益率配列リスクです。取り崩しを始めた直後に大きな下落が来ると、安値で資産を売って生活費に充てることになり、その後相場が回復しても元本が戻りきりません。平均利回りが同じでも、下落が「いつ」来るかで結果が変わります。
現実的な備えとしては、数年分の生活費を現金や短期債で持っておく、下落局面では支出を絞る、完全リタイアではなく少額でも収入を残す、といった組み合わせが挙げられます。4%ルールは計画の出発点であって、ゴールの保証書ではありません。
自分の条件で試算するにはFIRE計算ツールに現在の資産・毎月の積立額・想定利回り・月の取り崩し額を入れてください。積立だけの推移を見たい場合は積立投資シミュレーションが使えます。
よくある質問
FIREにはいくら必要ですか?
4%ルールに従うなら年間支出の25倍です。年間支出240万円(月20万円)なら6,000万円、年間支出300万円なら7,500万円、400万円なら1億円が目安になります。ただしこれは税・社会保険料を含めた支出で計算する必要があります。
4%ルールは「毎年資産の4%を引き出す」という意味ですか?
違います。トリニティ・スタディが検証したのは「初年度に資産の4%を引き出し、2年目以降はその金額をインフレ率に応じて調整する」という方法です。毎年その時点の資産残高の4%を引き出す定率方式なら資産はゼロになりませんが、相場が下がった年は生活費も減ることになります。どちらを採るかで必要な備えが変わります。
4%ルールは日本でもそのまま使えますか?
そのままでは使えません。もとの研究は米国の株式・債券の過去データにもとづいており、NISAの非課税枠を超える部分には運用益に20.315%の課税があること、生活費を円で支払うのに資産が外貨建てであること、退職後は国民健康保険料と国民年金保険料を全額自己負担することなどが考慮されていません。これらを踏まえて引き出し率を3〜3.5%に下げる考え方が広く採られています。
貯蓄率はどこまで上げるべきですか?
達成年数への影響は貯蓄率が圧倒的に大きくなります。年利5%の想定では、貯蓄率25%なら約31.3年、50%なら約16.3年です。ただし貯蓄率を無理に上げて生活の質や健康を損なうと本末転倒なので、支出を削るより収入を増やすほうが持続しやすい場合もあります。
FIRE後の健康保険や年金はどうなりますか?
退職すると厚生年金・健康保険から外れ、国民年金と国民健康保険(または任意継続)に切り替わります。国民年金保険料は定額で、国民健康保険料は前年の所得と自治体によって決まります。会社員時代は労使折半だった負担が全額自己負担になるため、FIRE後の年間支出にはこの固定費を必ず含めてください。
Coast FIREとBarista FIREの違いは何ですか?
Coast FIREは、若いうちに十分な元本を用意したあと追加の積立をやめ、複利の成長だけで目標額に届かせる考え方です。働くのは当面の生活費のためだけになります。Barista FIREは、資産からの取り崩しに加えてパートタイムの収入で不足分を補う状態を指します。どちらも「完全リタイア」ではなく、必要資産を減らせるのが共通の利点です。
暴落したらFIRE計画はどうなりますか?
取り崩しを始めた直後に大きな下落が来ると、同じ平均利回りでも資産が持たなくなることがあります。安値で資産を売って生活費に充てるため、元本が回復する前に目減りするからです(収益率配列リスク)。対策としては、数年分の生活費を現金や短期債で確保しておく、下落局面では支出を絞る、当面は働いて取り崩しを遅らせる、といった方法が挙げられます。
インフレはどう織り込めばいいですか?
4%ルールの想定利回りは「インフレ調整後の実質リターン」で考えるのが基本です。名目の期待利回りが5%でも物価が2%上がるなら、実質は3%程度として計算するほうが保守的です。また、目標にしている年間支出そのものも物価とともに上がります。達成が10年20年先なら、必要資産額も同じだけ膨らむ点に注意してください。
参考資料
- Cooley PL, Hubbard CM, Walz DT. "Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable". AAII Journal, 1998(通称トリニティ・スタディ)
- NISA特設ウェブサイト(金融庁)
- 日本年金機構(公的年金の受給要件・見込額の確認)
免責事項
本記事および計算ツールは一般的な情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の推奨や投資助言ではありません。記載の利回りはあくまで仮定であり、将来の運用成果を保証するものではありません。投資には元本割れのリスクがあります。税・社会保険の取り扱いは個別の事情で異なります。実際の資産形成やリタイア計画については、ご自身で最新の制度を確認のうえ、必要に応じて税理士・ファイナンシャルプランナーなどの専門家にご相談ください。